パイ投げ戦争



























「なにするんですか!」



壁や絨毯(じゅうたん)、ソファのあちこちには白い跡がこびりついている。
正体は顔の大きさぐらいある厚いホール型に詰まった生クリーム。
いわゆるパイ投げ(クリームパイ)である。それがUFOのように行ったり来たりは飛んでくる。
始まったのはつい先ほどのこと。
 


「これ生クリーム?」




頬に大きく付いたパイを引き剥がす。奥の並んでいるソファの後ろからピョコピョコ動物のようになって
ゴヨウとキクノ(何処に居るのだろうか)以外の人間がマスクとゴーグルを付けた状態で現れたではないか。
片手にはパイをいくつも積み重ねて意味が不明
 

「シロナさんまで何を;;」
 

「これが食後の運動」

 

「そしてこれが俺に対する嫌味だな」
 


仮面のように剥がれるマスクの中に現すピエロ。白いベッタリと塗られた化粧に赤い鼻に赤いアフロ。
これこそ
 

「ドナルドにでもなったつもりですか」

 
「わーい。今日から僕は人気者。さあ今日は何処に遊びに行こうかなー‥って何言わせるんだ!」


 
安心してください。アフロさん。相手にするのは子供だけです。
所詮子供騙し、大人になってしまえば誰も貴方にはついていかなくなる。それというのは寂しいもの。
 

「サンタクロースになっても同じですよ?」

 
「・・・あ、あんまり言うなよ」
 


悔しそうにサンタのフリをした袋を落とし「ちぇ」っと吹きだす。パイ投げ戦争、この宴は二時間続いた。







「全く、チャンピオンを疲れさせるんじゃないわよ」

 
「シロナさん。それは此方の台詞です。
大体パイ投げをしようって始めたのはシロナさんじゃないですか」
 

「そうそう。しかもそんな顔して説得力ねえよな」


「貴方達だっておんなじでしょ。バカ殿様みたいな顔しちゃって」



 
全員白塗りされた顔を見て笑う。壁にあった隠し部屋からゴヨウとキクノが現れて傍までやって来る。
渡された御絞りで顔を拭いて元の顔をに戻す。時間はさほどかからなかったけど、どちらにせよ
風呂に入りシャワーを浴びることには変わりがない。桂を取ってカラーコンタクトをそっと外し
髪に付いた油を流していく。これで全てがなくなってしまえばいいのに‥独り孤独を想う。
何もなかったことにしたい、全て運命の悪戯と信じたかったのに。張られているお湯の浴槽に映す鏡の世界。
それでも生きてるんだ。ポツン ポツン 雫は髪の上に留まることなく下へ下へ、水はいくつも小さく広がっては
淡い円を創る。時折振り向いて打ち消されていく。手のひらが震え水のように透けて、屈折によって曲がって見える。
消えてしまいそうで折れてしまうかもしれないこの体、「いいんだ」だけど躊躇わず底だけに顔を埋める。
“鏡と向き合ってしまう自分は空想の地へと逃げる”深くて濃いワイングラスの中を行き場所もなくさ迷う。
沈んでいく泡が消える。
 


「…」















「ゴヨウ、パイ投げの支払い御願いね」


 
大部屋の掃除をデッキブラシを持ったオーバーとリョウに任せ、手に持った請求書を拝見する。
ゴヨウはシロナの言葉を聞いて「えっまたですか」、彼女は「良いじゃない。立替えといてよ」
そう言って風呂上がりに買ってきたアイスクリーム(大きなケースも一緒に独り占め)を口にしゴヨウに請求書を渡す。



「貴方は私にアイスクリームの値段まで払わせる気ですか!しかもケースごとだし…
立替えだなんていつも言っといて、いつまで経っても払ってくれないじゃないですか。
いつになったら払ってくださるんです?」
 

「あっ璃彩。璃彩もほら食べていいよ」

 
無視か。
風呂から帰ってきた璃彩は大きなアイスクリームケースの隣に座っているシロナの元へ駆け寄り
嬉しそうにしてアイスを受け取った。
 


「他にも欲しいものがあったら言っちゃってゴヨウの奢りだから」

 

「そんなこと言ってませんよ;大体どうして“立替え”から“奢り”になっているんでしょう?」
 
 
全くと少々汗を掻くゴヨウに対してまたもや無視をして勝手に話を二人で進め、メニューを眺める璃彩とシロナ。
共犯者に絶対間違いはなくなった。
 


「ねえ璃彩。何が良い?」

 
「じゃ、じゃあこれで」



 
「私 は 貴 方 達 の ク レ ジ ッ ト カ ー ド じ ゃ な い!早くケースを返してきてください」



二人の間に割り込んでメニューを取り上げてみせる。取り上げられて、ウルウルとしている二人にお構い無しの行動。







動かない二人を見下ろし通りすぎる。男一人ケースに縄を縛り元ある場所へ返しに行こうと廊下に引っ張っていく、
が異常に重いことに気づく。「まさか二人が入っているんじゃ」流石にそれはなかった。
ケースの中はアイスの袋やカップで満タンになったままであった。
こんなに重たいケースをよくあのチャンピオンが大部屋に持ってきたものだ。
もしあのまま彼処にケースを放置していたら、全部喰われていただろう。波音のほうにも呆れる。
シロナもシロナで彼女のことを気に入って可愛がっているし、彼女も彼女でシロナに懐いてるし、
だからといってあのチャンピオンに似るのはどうかと思う。良いところだけ似ればいいものの悪い所までもが似てしまう。

 

「飼い主に似るというのはこういうことなんですね」


帰ってきた大部屋はパーティー会場のようにズラッと豪華にされていた。
真ん中のテーブルで五人がバラバラで(シロナと波音はシャンパンを飲み合っていて)盛り上がっていた。
空っぽの瓶の穴からアルコールの臭いが漂う。「お酒飲みましたね」、
二人はイエーイ!だなんて言って盛り上がっていた。シロナはともかく波音は未成年なのに。
完全に酔っ払ってる。シロナがおばさんのようにして波音の頭をグシャグシャ撫でて「波音可愛いぞー!」
適当にテンションを上げて話している。わかっているのわかっていないのか、波音は“〜だぴょん!
そうじゃないぴょん”と語尾に付けてメチャクチャに答える。『お前達は飼い主とペットか』
いくら汚い言葉を吐くことのないゴヨウでも堪忍袋というものはある。この宴は二時間続いた。













「続かねえよ!」
 
 

 
それは寂しい夜の闇に消えていった。



















続く