自由のない現実

























大きくて立派な社長席の机の上に散らばった大量の書類から漏れた紙とペン
周りには本棚が幾つか置いてある。クルリと後ろを振り向けばそこは別世界。
ガラスが張られている世界に目を閉じるようにして僕は睨んで、社長席に座りながら熱の下がらない
珈琲を口にする。“ああ何て甘いのだろう”身震いをしたくなった。「悪くはない、か」
ノックをして入って来た秘書がそれに気づいて「お取り返します」直ぐ様僕の飲んでいた珈琲カップを取り上げ
珈琲を淹れ直しに行った。



「行っちゃったか」
 


あの味をもう暫く楽しみたかったのにと追い目で見る。
ゲームにあるセーブデータを勝手に別な記憶で上書きされた気分であった。ある意味許せじまい。


「副社長様、どうぞお持ち致しました」
 

「ありがとう」



珈琲カップを受け取りまた口にする。飲み終えると机の上にカップを置き散らばった書類を纏め
「今日も?ですか」既にチェック済みの書類を秘書に渡すと秘書は彼に訊ねた。
彼は「ああ。僕は結婚なんかしない」、したくないんだと静かな顔をして少し俯いていた。
 


「社長様も貴方様のことを随分とご心配なされていました。
こないだの見合いの時も副社長様がお相手様の女性に見向きもせず、そっぽを向いて居られたと」

 

何度も違う女性と見合いをさせてもダイゴの気持ちが変わらないことに社長はいつもため息をついているという。


なんだよそれ。心の中に浮かぶ言葉、表には決して浮かぶことはない。
秘書と目を合わせることもなく僕は部屋を後にした。どうでもいい話しをこれ以上聞きたくない。
会社の外に出てエアームドをボールの中から出しトクサネシティへ向かった。
此処何年間前に建てた僕の家がある。居ることも居ないことも少なくはない。
一人暮らしには丁度良いぐらいのスペースで時々あらゆるな知人を招いては石のことなどを語り合う
。マングローブのような木々が海の上に沢山と大きな根を張って生える。宇宙センターも有名。
エアームドから降り立ち家の鍵を開けて入る。
変わらない臭いが集まる部屋の空気、空っぽの冷蔵庫、閉めっきりのカーテンと窓に
石ばかりが飾られているガラスケース。壁に貼られ止まった時計と端っこに置かれている高級なダブルベッド。
柔らかくてふんわりした居心地に包まれ倒れる。顔を横に向け口をゆっくりと開く。
 


「波音…君は一体何者なんだ」



僕は近々ホウエンに訪れる二つの巨大な悪を撃つための仲間を捜していた。
年齢はルビーくんと同じ、幼いだろうけど彼女なら連れていってもと思った。
だけど彼女を連れて行くことは出来なかった。気を失っていながらも手を取ることさえも出来なかった。
流星の滝で僕がエアームドに乗って去ろうとする前、気を失った彼女は手を伸ばし僕の腕の部分を掴んできた。
一瞬僕の心臓が大きく揺れ動き腕を掴む彼女を見た。僕という自身を困惑させ心を歪ませる。
寝息を立てて安らかな表情をしている彼女。起こさないようにと僕は地面に膝をつき
掴んだ手と手を重ね合わせて最後に僕の手を重ね両手でギュッと握る。
閉じた瞼を見つめゆっくり膝の上に落として離す。



立ち上がり背を向けた。本当は僕達と一緒に傍に居て欲しい。僕達と一緒に戦って欲しい。
しかし言葉で言ってしまうことが全て優しいこととは限らない。
誰でも口に出してしまうのは簡単、でもその後の処理が大変である。実戦は勉強を教わるよりも遥かに難しい。
僕は名残惜くもエアームドに乗ってその場を去る。これで本当に良かったのだろうか。
後ろを振り向き遠くなった流星の滝を眺める。数日後、父と一緒にキンセツの外れの海のほうへとやって来た。
青い所属と赤い所属の野望を阻止するための方法。海底洞窟に眠る巨大なポケモンが目的。
クスノキ艦長が建造した“海淵一号”の潜水艦と父の会社で造る特別起動部品、この二つがあれば完成となり
奴等より早く先に海底洞窟に行き入口を岩で塞ぎ阻止する事が可能。
父と別れたあと、外れの草むらに波音が歩いているのを発見した。
だが彼女に声をかけることはやはり出来なかった。結果的にまた彼女を置いてきてしまった。
何故…か、危険な目に合わせたくないから?もし野望が阻止出来ず
純粋な心を持つ彼女に汚れた現実を見せたくないから?傷つけたくないから?どの答えも正解だ。
けれどまた別に答えを探す必要があるようだ。
チャイムの音に邪魔をされベッドから起き上がり
歩み寄って「はい」と返事をしてドアを開けた。



















続く