想いと痛み






















着いたのは既に夕方に近かった。
日が少しずつ沈みかけオレンジ色の空が顔出し始めている。
造船所を訪れクスノキ館長が居るかどうかを訪ねたが出かけてしまっているらしく
此処には居ないと言われてしまう。それから懸命にカイナシティの街の中を捜したが居なかった。
クスノキ館長の顔も分からないし髪型も知らない。
写真でも貰えばよかったかなとため息をついた。カイナシティには居ないのだろうかと途中で
“海の博物館”に寄っていった。石の模型や大きなポケモンの貝殻の化石の模型などといった古代のものが
ガラスケースや張りに入っていた。二階もあったので上がって見ると船の模型が沢山置かれてあった。
関東地方で有名なサントアンヌ号などタイムトリップ号など誰でも一度は乗ってみたいぐらいの船であった。
中央にあった大きな船の模型の前に二人の男が居ることに気づく。
一人はこないだデボンコーポレーションで見かけたもう一人の薄いアイスブルーの髪の色をした
スーツ姿の男であった。二人目は眼鏡をかけて白衣を着ている男だがスーツ姿の男が「クスノキ館長」
と名前を言うと波音はそれを聞き逃さず、駆け出しスーツ姿の男を押し退けて
「貴女がクスノキ館長ですね!」と相手の顔に飛び込むかのようにして来た。


クスノキ館長は「ああ。そ、そうだが」と苦そうな声と表情少し浮かべなんだろこの子はという目で見ていた。
「ツワブキ社長様から荷物を届けて欲しいというご命令があったので」と事情を言うと笑顔で荷物を
クスノキ館長に渡す。ああそういうことだったのかと顔をして納得をしていた。
波音に押し退けられたスーツ姿の男は少し驚いたまま彼女のことを見ていた。
ガシャンと一階から大きな音と女の人の声が聞こえると三人は階段のほうを振り向く。
するとあの青いバンダナをしている海賊のような者と赤いフードを被った
メンバーたちが同時に階段を登ってやって来た。

彼らは“アクア団・マグマ団”という組織のメンバーらしい。アクア団は前トウカの森でも戦ったことは
あるがマグマ団のほうは初対面であった。海を増やすことがアクア団の目的に対して
マグマ団はその逆で大地を増やすことだという。しかしあまりにも打算的である
。ただし今回は両組織の目的は一つそれは波音がクスノキ館長に渡したデボンの荷物(特別起動部品)
を奪うこと。それを聞いたら当然黙ってはいられない。


相手はポケモンを複数に出してくると波音もアゲハントをボールから出しバトルが始まった。
周りの模型などのことも考え痺れ粉を相手のポケモンたちに蒔く。
出来るだけ風起こしや銀色の風といった技を使うのは避けたいからメガドレイン(相手の体力を吸いとる)
を使って体力を減らし戦闘不能にしていった。ポケモンが戦闘不能にされていくなかやむを得なく
逃げ出す者も少なくはなかった。体力ギリギリのポケモンが逃げ出し親が追いかけることもあったし
その逆もある。殆ど全員追い出したこと所で両組織のリーダーである二人がやって来た。
「何かと思えばこんな子供にやられていたのか」とアクア団のリーダーらしき者は呆れたようにして
「こないだのツワブキ社長を襲う件に関してもそうだったとはな」と睨むようにして波音を見た。
海(大地)を増やすことがどれだけ素晴らしいことかと両組織のリーダーの言葉が重なると二人のリーダーは
隣合わせになって互いに納得をしない顔を浮かべた。だがまあいいと前を向き直る。



「お前たちがあの青い所属と赤い所属か。父を襲うとしただと?!」



スーツ姿の男が一歩前に出てきて鋭い視線で両者を見た。
後ろからアメモースによる攻撃が待ちかまえているは知らず、アメモースはそのまま自分の鋭い角のような
ものを刺すかのようにして男に突き刺そうと真っ直ぐに飛んだ。
途中後ろからアメモースの攻撃を知った波音は「危ない」と男を倒すとアメモースのほうを見て
両者をキッと睨みアゲハントに「燕返し」と攻撃を仕掛けアメモースを倒した。



両者の片方(青い所属)は倒れたアメモースをボールに戻す。
波音は表情を暗くしたまま青い所属の男に近づいていていく。後ろの二人(特にクスノキ館長)は
心配をして手を伸ばし声をかけたが、耳に届いていないのだろうか。
進行を止めずに青い所属の目の前にやって来ると顔を思いきり殴り相手をぶっ飛ばし壁に叩きつけた。
 

「ポケモン(生き物)は人を殺したり傷つけたりするためのものじゃない」
 

「何を馬鹿なことを言っている。ポケモンは我々に人間に従える道具同然のものだ。
どう扱おうと我々の勝手だ」
 

殴られて驚いた表情を一瞬するが直ぐに立ち上がり腕を組んで何処かフッと笑う。
 


「違う。ポケモンは誰のものでも人間のものでもない。
ポケモンだって生きてるんです!命があるんです!命は玩具やロボットなんかじゃない」


 
それは人間だって同じの筈ですと指をさすかのようにして突きつける言葉に青い所属の男は大きく笑う。
何が可笑しいんだと表情を浮かべる波音に対し「また何処かで君とは会いそうだ」
と赤い所属の男と共にその場を去っていった。


「とりあえず助かったよ。ありがとう」


 
えーととクスノキ館長はお礼を言うのは良いものの名前がわからないことに少し困ったようにしていると
波音が「神風波音です」と名前を名乗った。お礼といっては何だが、ここの近くに“太陽の楽園”
という珍しいポケモンの卵があるようで売ってはないがもしかしたら何か一つ卵をくれるかもしれない。
彼女はクスノキ館長から地図の紙を貰うと期待を膨らませたようにして笑みを浮かばせた。
もう今日は夜で遅いからポケモンセンターに泊まるといいだろとスーツ姿の男に
「ダイゴくん、波音ちゃんをポケモンセンターまで送って行ってもらえないかな」と頼んだ。
“ダイゴ”と呼ばれたスーツ姿の男は「わかりました」と彼女のほうを向き、じゃあ行こうかと手を差し伸べる。
差し伸べられた手をとるとクスノキ館長のほうを向いてお辞儀をしダイゴと一緒にその場を後にした。
オレンジ色だった空はすっかりと黒い紺へ変わっていた。お腹もそろそろ空く時間であった。
互いに名を再び名乗って自己紹介したが、それ以降はどちらからも口を開くということはなかった。
口を開いたのもう少し先のこと。 沈黙を破り声をかけたのはダイゴのほうからだった。


「これから時間あるかな」

 
躊躇いもない言葉を出す。
 

「まあご飯もまだですし」

 
控えめにダイゴを横から見るように落とす視線。
食事に誘われて高級そうなレストランの中に入る。相手の奢りだとわかっていても
解けない緊張は心をリボンで結びつけ締めつけられるかのようにし固くなる。
だが相手にとっては悪いだなんて思うよりも、まずはお近づきの印として、ということで此処に
連れてきたのであろう。渡されたメニューを見てもどの料理もさすがに値段が張る。
そんな様子に気づいたダイゴは「気にしなくていいよ。好きなもの頼みな」とクスクス笑っていた。
バレてたかとハハと苦笑いをする波音は魚料理を注文するのに対し彼はフルコースを注文していた。
運ばれたオードブル(前菜)をきちんとした形で食べる彼は何処か素敵な印象をもった紳士のようである。
かっこ良いし肌が白くキリ長の綺麗な目をしている。ツワブキ社長の息子であり、デボンコーポレーションの
御曹司。現ポケモンリーグのチャンピオンでもあると彼は言っていた。


来た魚料理にナプキンを膝に敷き手をつけ食べ始める。
切った一口大の魚をソースを絡めて口のなかに入れる。
あまり味はなかったように感じられなかったが美味しかった。他愛のない話しが続き
いつものように笑顔で接する。デザートを食べていて、ふとあることを聞かれたことにビクッときた。
 

「波音ちゃんは何処の出身なの?」
 

なんて答えればいいのだろう。相手は冷静に首を傾げ小さな?マークを浮かべて彼女の答えを待っていた。
青ざめたようにして波音はゆっくりと「外国から」と答え相手は「そう」と静かに俯いたような表情をした。
あの夢で見た光景と何処か重なる。哀しそうにしていたあの少年のことを思い出す。
誰だったのかはハッキリは覚えてはいないし、それからその夢を見ることはなかった。
場所が目の前が海の崖の上に綺麗な淡い色をした花畑である。きっとこの地方の何処かにあるのであろう。
あの少年は誰かを待っている。大きくなった今もずっとあの崖の上で待ち続けている。
蒼い草原は高く飛び跳ねて岩を飲み込み崖に打ちつけられる。
天気は良くキャモメたちがスイスイと草原の上を駆ける。風に乗って潮風が飛んでは草原を悪戯し遊ぶ。
あの振り向いたときに映る哀しそうな瞳に恨めしそうな顔、何かを抉りとられ心に穴が空いた状態。
心の奥底を見つめる。嗚咽を吐きたくなるような胸苦しさが束縛する。
魔法でもかけられたわけでもないのに見ただけで一瞬で自分の世界が変わってしまう。

今だって現に放心している。ダイゴに「波音ちゃん」と声をかけられハッと意識が戻る。
心配そうにして彼女の顔色を伺い顔を近づけて話す。波音の意識が戻ったことにする彼は良かったとホッとする。
デザートを食べ終え何分かしてレストランを後にした二人。彼女をポケモンセンターへと送る。
今日はどうも御馳走様でした。ありがとうございましたとお辞儀をする波音にダイゴは
「それは僕の台詞。さっきは助けてくれてありがとう」と彼女の頬に軽いキスをしお礼を言う。
波音は不思議そうな顔をしてキスをされた頬を片手で撫でた。
おやすみなさいとまたお辞儀をすればポケモンセンターの中に入っていく。
ダイゴは背を向けた彼女の後ろ姿を見えなくなるまで見つめた。
見えなくなると彼は後ろを振り向いてその場を立ち去って行った。























続く